クラブMOIスケールの精度とクラブMOIの変遷。
クラブMOIスケールの精度
クラブMOIマッチングに関してクラブMOI計測器を使ってのMOIマッチングは正確ではなく、計算によって導き出されるものだという見解がありますが、純粋に計算によってクラブMOIを導き出すにはクラブをすべてバラしてから測定しなければなりません。
差し込み長も0.1mmの単位まで正確に測定しなければなりませんし、グリップエンドにどれだけの両面テープが巻かれているかや接着剤がどの程度使われているか等々の目に見えない部分までも正確にバラして測定する必要があることから、実際には不可能な作業です。
また、角速度や重力加速度なども影響すると言った考え方もありますが、同じ出力の場合、角速度は慣性モーメントの大小によって変化しますので、正しいとは考えにくいのが実情です。
もちろん角速度を測るにはヘッドスピードを知るだけでは不可能ですから、実際にスイングを計測しないと難しいと言えます。
そこで既に組まれているクラブを測定する場合、クラブMOI計測器を使うこととなりますが、このクラブMOIスケールは正しい管理と使い方をしないと誰もが明確にその振り心地が違うくらいの誤差が出ます。
JCMOに加盟している工房に関して言えば、正しい管理方法と使用方法をレクチャーしますので、どの工房でMOIマッチングを行っても問題はありませんが、非加盟の工房さんに関してはもちろんそのようなレクチャーは行っておらず、実際に入庫してくるクラブを計測するとかなりの差があることもあります。
クラブMOIを考えるときに一番わかり易いのが1mの部分に1gの重量増があった場合に10kg-cm2のMOIが増える。
ということです。
クラブMOIが2758.8kg-㎝2のクラブがあります。
このクラブのmの部分に1gオモリを付けると理論的には2768.8kg-㎝2になるはずです。
同様に10gのオモリを付けると2858.8kg-cm2になりますし、20gのオモリを付けると2958.8kg-㎝2になります。
ですので、クラブMOI計測器の精度をはあるには、1円玉=1gを1mの部分に貼ればその精度を見分けることが出来ます(簡易な方法ですが・・・)。
BoseIronFactoryでは毎日キチンとキャリブレーションを行い、風やホコリ、気温などによる外的要因を一定の条件下に置くことで、計測時に出る分解能ギリギリまで追い込んだ状態での計測を行います。
そのため、BoseIronFactoryのクラブMOIスケールは右の写真のように正確な測定値を示します。
キャリブレーションや風(エアコンの吹き出し等による気流の乱れを含む)をきっちりと管理出来無ければこのクラブMOIスケールはかなり違った数値を出しますから、その場合はキャリブレーションや計測方向が間違っている可能性が高いと言えますし、そのノウハウは長年クラブMOIマッチングをやってきたか、キチンと教えられなければなかなか身につくことはありません。
また、JCMOとしてはMOI計測の精度に関して1円玉の簡易な精度確認だけでなく、実際に計測器を研究センターに持ち込み分解することで、基盤の精度確認や設計意図まで確認するという作業も行っております。
BoseIronFactoryではその上でメーカー基準を上回るキャリブレーションを計測ごとに行っていますので、ご安心して頂ければとおMOIます(^^)v
ちなみにフジクラシャフトがMCI BLACKを開発するにあたって、このクラブMOIスケールを4~5台購入してMCI BLACKの開発にあたったということでも、このクラブMOIスケールで正しく測れば正しい数値が出て来るということを裏付けているとも言えるでしょう。
なお、無断でクラブMOI関連の商標を使用し、かつこちらの計測方法や作業方法を批判誹謗中傷するようなことはご遠慮くださいますようお願い致します。
なるべく古くてすり減った1円玉を探して裏面にテープを張り固定。固定用のテープを含めると0.99gになっています。
1円玉を貼る前のMOI値。
1円玉を貼った後のMOI値。
クラブMOIの変遷
クラブMOIマッチング自体の発想は1920年代にスイングバランスが発明される前からゴルファーの”感覚”によってなされていました。
長くなるに連れて振り心地は重くなり、結果振り遅れてボールは低く、右に飛んで行く。それを知っていたゴルファーでクラフトマン、グリーンキーパーでもあるトム・モリス・シニアの時代に作られたクラブでもおおよそのクラブMOIは統一されていました。
「そんな前から!?」とお考えになるかもしれませんが、MOI=慣性モーメントですから、物理学としては古典物理学の基本中の基本でもありますから。
ただ、1980年代後半になるまではクラブMOIを計測する簡便な方法が開発されることはありませんでした。そのため簡易的に振り心地をあらわすものとしてスイングバランスが1920年代に発明されます。
スイングバランスの計測方法は現在ではグリップエンドから14インチが基準とされていますが、12インチの時代もありました。このことは、スイングバランスで出来うる限りクラブMOIに近い数値を出したいという試行錯誤が見られたということとも考えられます。
スイングバランスが発明された後に、特に日本ではスイングバランスが一人歩きをすることとなります。
日本のゴルフ業界には「D0神話」と言われるようなものもあるくらいで、バランスがC以下だと売れないというものです。
クラブMOIを上記のようにより正確に測れるようになった現在、クラブMOIの大体手段であったスイングバランスにはあまり意味は無くなってきていると考えていますが、今でも根強く「D0神話」のようなものが残っている日本のゴルフ業界ではなかなかそのイメージを払拭するのは難しいものです。
日本におけるクラブMOIマッチングは1990年代に私、ファルコンまつばらの師匠でもある黒川氏によって始まったと言ってもいいでしょう。
黒川氏のご自宅の近くにあった練習場が閉鎖されたことで、それまでのように毎日のように練習することが難しくなりました。
ソニーの研究開発者でもあり、物理学にも詳しい黒川氏は効率的に練習する方法を模索し、自らクラフトを始めました。また、スイングバランスには技術者として疑問を感じていたので、自らの感覚を頼りに鉛を張ったりシャフトを切ったり、ヘッドの加工まで行ったりもしました。
そうして感覚で振り心地を合わせて行った結果、どの番手でも球がまとまるようになってきました。
ちょうどその頃、GolfMechanix社からクラブMOIスケールが発売され、黒川氏はすぐに購入して自分でクラフトしたクラブを計測しました。
するとみなさんもご想像の通り、ほぼ正確な精度でクラブMOIが統一されていたのです。
こうした黒川氏の努力によって日本でのクラブMOIの歴史は始まったと言えますが、ボールとクラブの衝突エネルギーの変換でゴルフが出来るのに、国内外でのクラブ理論は物理的な面をほとんど考えずにスイングバランスのような古い慣習にとらわれている状況があります。
黒川氏はゴルフを通じて知り合った開発者、技術者に技術者としての目線で疑問を投げかけてきました。
その技術者の1人が当時のキャスコの開発責任者で取締役の柿崎氏です。
黒川氏と意気投合した柿崎氏は多くのゴルファーの悩みであるドライバーショットが右に行ってしまう点、ロングアイアンが右に、ショートアイアンが左に引っ掛けてしまう点に着目し、2009年にD-MAX M.o.Iシリーズを発売します。
ただ、D-MAX M.o.Iシリーズにも「D0神話」は影響を及ぼします。
ドライバーのRシャフトでD0、SRシャフトでD1、SシャフトでD2という神話を意識したスイングバランスを達成しつつ、一般的なゴルファーの適正MOI値の平均にしたかったことから、Rシャフトで291g、SRシャフトで296g、Sシャフトで304gという2009年当時では軽い総重量にせざるを得なかったですし、アイアンでも4I-PWのスイングバランスをD0やD1で統一せざるを得なかったのです。
こうしてクラブMOIマッチングとしては中途半端なものとなってしまった結果、D-MAX M.o.Iシリーズは商業的には成功せずに終わります。
しかしながら柿崎氏のこうした努力は高く評価するべきですし、柿崎氏に多大なる影響を与えた黒川氏のMOIマッチングにかける情熱は後々語り継がれるレジェントとなると思います。
もちろん黒川氏の影響はそれだけではありません。
日本で最大の売上を誇るゼクシオの開発者とも関係のあった黒川氏はゼクシオ8の開発開始時にクラブMOI理論をお話することで、ゼクシオ8のスイング慣性モーメント理論の元となりました。
スイング慣性モーメント理論は「MOI」というワードのゴルフクラブ製造という項目がキャスコに商標登録されていることによるもので、基本的な考え方はクラブMOIと変わりません(身体や腕の慣性モーメント=一次慣性モーメントも考慮するということになっていますが、クラブMOIでも当然考慮しています)。
ゼクシオ8のスイング慣性モーメント理論は秀逸なものですが、ゼクシオを使うゴルファーには慣性モーメントと言ってもなかなか理解を得られるものではありません。
そのためゼクシオ9の開発ではスイング慣性モーメント理論を踏襲し進化させつつも全面に押し出すことは\行っていません。おそらくはマーケティング上の理由によるものと思われますが、ゼクシオを使うゴルファーには慣性モーメントやクラブMOIよりもどれだけ飛ぶかを重視しますから。
ゼクシオ9での一番の評価ポイントはそのスイングバランスにあります。
MP900 カーボンシャフトの標準モデルで、D5(S) D5(SR) D4(R) D4(R2)という今まででは考えられなかったスイングバランスになっているからです。
「D0神話」をクラブMOIで崩壊させたいというゼクシオの意地のようなものを感じさせてくれますね。
2009年からはBoseIronFactoryも黒川氏との共同開発や共同の研究などを通じ、クラブMOIマッチングの普啓蒙活動を開始しています。
大手メーカーやパーツメーカー、R&Aで使われている計測器も作っているGolfMechanix社とのリレーションシップの強化を通じて様々な研究や開発も行っていますしお手伝いもしています。
また、2016年初頭からフジクラシャフトがMCI BLACKというクラブMOIを意識したシャフトを発売しています。
シャフト重量とシャフト重心でクラブMOIを統一していくと言う手法ですが、実際にフジクラシャフトからMCI BLACKをテスト用に頂いて計測してみたところ、非常にクラブMOIが揃いやすいことが確認されました。
米トゥルーテンパー社のDG-AMTシャフトもMCI BLACKと同様クラブMOIマッチングを意識したシャフトです。ただMCI BLACKに比べるとクラブMOIがほぼ揃うということはなく、緩やかにフローしていくシャフトになっています。
これらシャフトメーカーの動向からもクラブMOIマッチングが少しづつ認知され、広まっていくものと期待のできる状況です。
BoseIronFactoryはゼクシオやキャスコ、フジクラのように大きなメーカーでは無いので、なかなかスムーズには行きませんが、ゴルフトゥデイの「ゴルフ~北の国から~」などの連載も通じて少しづつクラブMOIの普及に尽力すべくすすめているところです。